HISTORY OF THE FLAT HILLS THUNDER BIRD
ザ・フラットヒルズサンダーバードの歴史

時間 

出来事 

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1995/05/15  中古レコードショップ「Electric lady go round」でアルバイトをしていた中馬と大内が出会う。意気投合し、以降、大内もその店でアルバイトをすることに。二人でバンドを組もうと話し合う。 三浦談:このころの話を聞くたび僕は笑っちゃうんだけど、大内が最初に中馬に言った台詞は「頭脳警察の銃をとれ! のアナログありますか?」だったんだってさ。
1995/06/02  メンバー探しに奔走。新宿「ママズディナー」で弾き語りをしていた平林達夫と彼の友人、立川一徹、横須賀の米軍基地でジャズをやっていたマルコ・マコバーナをメンバーに加える。バンド名は「THE THUNDER BIRD」。コマ劇場前でのゲリラライブなど、数々の伝説を築く。 大内談:俺は反対したんだ。
1998/01/27  テイチクレコードと契約。メジャーデビュー。
1stシングル「JUMP」リリース。
中馬談:この頃はまだシンプルなロックンロールだった。今でもそういう曲をやるけど、あの頃はリズムギターの一徹が酷かったせいでとんでもなかったよ。俺たちはそれをパブロックだって言い張ってたけど。
1998/03/21 1stアルバム「THUNDER BIRD SINGING」リリース。同時にレコ初ツアー「THUNDER BIRD ROLLING TOUR」開始。半年間で全国百七十カ所を巡るハードなもの。ファイナルの渋谷屋根裏ではあまりの熱気に会場の火災報知器が誤作動、スプリンクラーが作動し、メンバーの楽器が壊れる。 大内:だからやるなら路上だって言ったんだ俺は! 雨だったら諦めがつくだろう?!
1998/12/24  2ndシングル「SONG FOR NOTHING」リリース。  
1998/01/29 3rdシングル「NO-WAY-TOWN」リリース  
1998/02/21 4thシングル「HIT THE HAT」リリース 中馬談:この頃俺はJBに傾倒していて、ファンクと禅の融合を目指していた。結果? さんざんだったな(笑)。レーベルの社長に殴られたのはいい思い出だ。殴り返したら豚のような悲鳴をあげてたが(笑)。
1998/08/06 2ndアルバム「LET THE TIME SCREW」リリース。前作とはうってかわり打ち込みを多用したインダストリアルノイズミュージックだったこのアルバムは、各界から酷評をうけ、リリースもふるわず。 大内談:俺の最高傑作。
1999/06/26 テイチクレコードよりBMGに移籍。 中馬:あと三年したら契約が終わるから、その時話そう。君らが驚くような話さ。
1998/07/02 5thシングル「LIKE A PIG」リリース  
1998/08/08 3rdアルバム「千波君のおかげです」リリース マハトマ談:当時ファンの間では、この千波君って誰だろうって話題で持ちきりでしたね。マネージャーだとか、大内の彼女だとか、テッツ(リズムギター、立川一徹の愛称)の子供時代のエピソードに出てくる人だとか、色んな憶測があったんですけど、バンドに入ったとき、中馬に聞いてみたら、ゴロでつけた、なんて言ってて、すっごくガッカリしたのを覚えてます(笑)。
1998/01/09 7thシングル「千波君も変わったな」リリース」 大内談:ゴミための中のカラス。
1998/06/12 8thシングル「ロックチューン」リリース 中馬談:大内が作った曲をシングルにしたのはこれがはじめてだった。彼の曲はとてもエモーショナルで素晴らしいんだが、同時にとてもポリティカルな面を持っていて、攻撃的だから、レーベル側はとても慎重に扱っていたよ。
1998/08/03 9thシングル「TALK LIKE SINGING」リリース 大内談:この頃の中馬はクズ野郎だった。鬱病が始まっていて、指一本動かせない状況だった。作る曲はカスみてえなラブソングばかり。俺は、こんなのだったら一人で池袋で弾き語りでもしてろ、って何回も言って、何回も殴った。
1999/02/23 中馬全快。4thアルバム、「SUN IS SHINING ON EVERYWHERE」リリース 中馬談:俺を救ったのは、少なくとも、神父の説教でも、カウンセラーのセラピーでも、セロトニン再取り込み阻害薬でもなかったよ。
1999/05/11 ドラマー、マルコ・マクバーナ、急性アルコール中毒のため死亡。以降二年間の活動休止。 大内談:資本主義があいつを殺した。俺は憎むよ。
2001/06/10 新ドラマー、アレクセイ・ボノレノフ加入 中馬談:驚いたよ。ある日の朝、やたらと家のドアを叩く奴がいたんで、ドアを開けてみたら、毛むくじゃらの、気の弱そうな大男が立ってた。開口一番「私はロシアから来ました、ドラマーになりたいです」なんてつたない日本語で言ってきた。それがアレクセイだったんだ。もっとびっくりしたのは、あいつがそれまでドラムに触ったこともない初心者以前の人間だったってことだが(笑)。
2001/12/03 10thシングル「EATING TV」リリース 大内談:アレクセイほど、音楽的才能に溢れた奴を俺は知らない。こういう言い方は駄目だと思うが、そうとしか表現できない。あいつは運命とか、神とか、大きな流れとか、クソ野郎どもがそう読んで忌避するものに、愛されてた。
2002/06/25 5thアルバム「THUNDER BIRD TV」リリース 大内談:コマーシャリズムとの対決。
2003/01/18 ツアーの移動中、メンバーが乗っていたバンが事故。奇跡的に中馬は無傷だったが、平林、立川、アレクセイの三人が即死。大内は八カ所の粉砕骨折。全治一年四ヶ月。THE THUNDER BIRD解散。 中馬談:一区切り、だったよ、俺の中で。
2006/01/30 中馬の友人だった三浦と、メンバー募集の張り紙を見て応募してきた、THE THUNDER BIRD時代からの熱狂的ファンだったマハトマが加入。三日後、中馬が新宿を歩いていると東口連絡地下道で弾き語りをしている小を発見。有無を言わせず加入させる。そして大内が退院。バンド名を現在のTHE FLAT HILLS THUNDER BIRDと改め、心機一転、またもやインディーズから活動開始。 小談:中馬との出会いは、衝撃だったよ。彼はいきなり僕のギターを奪って、弦を引きちぎって言ったんだ。「信じる者しか救わないセコイ神さまを拝んでいるのか? 俺と一緒に来た方が、気持ちよくなれる」ってね。こいつはいかれてるぞ、関わり合いにならないほうがいい、と思ったんだけど、何故か、断れなかったんだ。今でも不思議さ。

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